大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)1287号 決定 1998年8月17日
債権者
知念常雄
右代理人弁護士
板垣善雄
債務者
関西職別労供労働組合
右代表者執行委員長
森本桂一
右代理人弁護士
山崎優
同
石橋志乃
同
三好邦幸
同
川下清
同
河村利行
同
中西哲也
同
加藤清和
同
江口陽三
同
伴城宏
同
沢田篤志
主文
一 債権者が債務者に対し、組合員としての権利を有する地位にあることを仮に求める。
二 債権者のその余の請求を却下する。
三 申立費用は二分し、その一を債権者のその余を債務者の負担とする。
理由
第一申立て
一 債権者
1 債権者が債務者に対し、組合員としての権利を有する地位にあることを仮に求める。
2 債権(ママ)者は、債務(ママ)者に対し、平成九年一〇月一一日から本案裁判の第一審判決の言渡しに至るまで日額金九〇一四円を仮に支払え。
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 債務者
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
第二事案の概要
本件は、債務者に除名された債権者が、債務者のなした除名処分(以下「本件除名」という。)が違法不当なものであると主張して、労働組合員の地位の保全を求めるとともに、右除名という不法行為により賃金相当額の損害を受けたとして仮払いを求めた事案である。
一 争いのない事実
1 債務者は、職業安定法四(ママ)五条に基く(ママ)労働大臣の許可を得て無料の労働者供給事業を行っている一般労働組合である。また、債権者は債務者の組合員であり、債務者阪奈支部から事業の斡旋を受けていた。
2 債権者は、平成九年一〇月一一日に債務者から除名された。
二 争点
1 労働組合の組合員の除名処分は司法審査の対象となり得るか。
(債権者の主張)
債務者の組合規約が除名を執行委員会の決定によるとしていること自体が民主的要件を欠く上、本件除名を決定する執行委員会が開催されておらず、右手続きにすら従っていないから、本件除名は司法審査の対象となりうる。
(債務者の主張)
労働組合の除名等の内部統制は団結自治に属し、右統制が組合規約に基き(ママ)民主的な手続によって行われた公正な決定である限り、司法審査の対象とならないところ、本件除名は組合規約の手続に基い(ママ)た公正な決定に基(ママ)くものであるから、本件除名は司法審査の対象とはならない。
2 本件除名の正当性
(債権者の主張)
そもそも、組合規約が除名処分を執行委員会の決定によるとしていること自体民主的要件を欠く上、債務者の組合規約によれば、除名処分は執行委員会において決定するとされているところ、執行委員会が開催されることなくなされた本件除名は、右規約の手続すら踏んでいない著しく不公正なものである。
本件除名は、日頃から、債権者が債務者に対し順番制を遵守して公平に就労の斡旋をするよう意見を述べたり、代議員に立候補したりしたためなされたものであり、また、債務者の主張する除名事由のうち、(一)は解決済みであり、(二)は、洗車の際にミキサー車の流し口が鉄塀にあたったもので、報告を要する事故ではなく、債務者はより重大な事故につき報告を要求していないことからいずれも除名事由には当たらず、(三)及び(四)の事実はなかったものであるから、本件除名は正当な事由がない違法不当なものである。
(債務者の主張)
債務者は職安法に基く(ママ)労働供給事業を行っているものであるから、事業主の信頼を損なうような組合員の行為は除名事由となるものであるところ、債権者には、(一)他の債務者組合員に暴力をふるい重傷を負わせたこと、(二)衝突事故を債務者及び労働供給先の事業所に報告せず、債務者に無断で右事業所に詫びを入れて債務者の名誉を傷つけたこと、(三)タイコー枚方工場に対し、過激な態度で苦情を申入れたこと、(四)日頃の就労姿勢が悪く、雇用主から就労差止を受けたことがあり、債務者は、右事実を理由に平成九年一一月九日の執行委員会において本件除名を決定したものであるから、本件除名は正当なものである。
3 仮払請求の可否
(債権者の主張)
債務者においては、執行委員(専従者)が固定化、特権化し、組合員は組合費及び共済金を支払って仕事を斡旋してもらっているという感覚であり、いわば、執行委員が経営者、組合員が従業員であって、債務者と組合員の関係は労使関係に等しい。本件除名処分という不法行為により、債権者は仕事の斡旋を受けることができず、賃金相当額の損害を被っている。また、債権者は、他の労働組合に加入して仕事の斡旋を受けることも、各事業所と直接雇傭契約を結ぶことも著しく困難であり、生計を維持することができない。よって、債務者の右不法行為による損害賠償請求権を被保全権利として、賃金相当額の仮払を求めるものである。
(債務者の主張)
債務者は労働者相互の団結のもとに事業者に対し有利な雇傭を獲得するために労働供給事業を行い、組合員に対し無料で仕事を斡旋するにすぎず、債権者と債務者とは労使関係にはない。本件除名処分は不法行為に該当せず、仮にそうであるとしても、損害賠償の仮払を求めるには、債権者には一定の収入があったが、本件除名によって一定の賃金を確保できなくなったという相当因果関係が要件とされるところ、本件においては、就労形態は日雇であり、債権者が他の労働組合に加入して仕事の斡旋を受けたり、自ら事業所と雇傭契約を結ぶことによって収入を得ることができるから、右相当因果関係を欠き、仮払を求めることはできない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(除名処分の司法審査)について
一般に、労働組合には強固な団結という目的のため強い内部統制が認められており、組合員に対する除名等の制裁処分は民主的な手続により行われることとなっている。したがって、裁判所は組合の決定を尊重し、組合の内部統制の問題に介入すべきではないと解せられる。しかしながら、制裁処分が民主的な手続に基か(ママ)ずに行われたり、著しく相当性を欠く場合には、当該制裁処分は、労働組合の制裁権の濫用として司法審査の対象となりうると解すべきである。
そこで、債務者の除名処分の手続につき検討するに、新運転・関西職別労共(ママ)規約(<証拠略>)によれば、除名は執行委員会の決定によること、右決定に不服のある者は、具体的な反証を添え、執行委員会または組合大会に異議申立ができることが認められ、最終的には除名処分は組合員の総意によることが保障されていると解されるから、右手続が民主的要件を欠くとまでは言えない。
しかしながら、疎明資料によれば、右異議申立の具体的方法は規約等には定められていないこと、債権者が執行部に抗議を申し立てた際に、異議申立の具体的手続につき執行部からの示唆はなかったこと、組合大会には代議員以外の者が出席できないことから、債権者は大会に出席して苦情を申し立てることができなかったことが認められ、具体的運用面では問題がないとはいえず、また、後記認定のとおり、本件除名は組合規約に定められた手続に基い(ママ)てなされたとはいえないから、本件除名は司法審査の対象となると解するのが相当である。
二 争点2(本件除名の正当性)について
組合規約が除名処分を執行委員会の決定によるとしていることが民主的要件を欠くといえないことは、前記認定のとおりである。
次に本件除名の手続について検討するに、なるほど、通告書(<証拠略>)には、平成九年一一月九日に開催された執行委員会の決定により本件除名がなされた旨の記載があり、大阪府立労働センター会議室等利用申込証及び領収書(<証拠略>)によれば、右同日、会議を利用目的として執行委員会名義で会議室の利用申込みをして利用したことが認められる。さらに、「第二七六回執行委員会」と題するレジュメ(<証拠略>)には、議事及び確認事項中に「知念常雄(阪奈支部)組合員の処分について」と記載されており、隅谷登及び田中浩の各陳述書(<証拠略>)には債務者の主張に副った内容が記載されている。
しかしながら、同年一一月二四日に開催された第三七回定期大会の資料(<証拠略>)には、同年一〇月に開催された第二七五回執行委員会までの記載しかなく、第二七六回執行委員会の記載がないこと、第二七六回執行委員会の議事録自体は存在しないこと(<証拠略>によれば、当時の書記次長であった田中浩は多忙なため、第二七六回執行委員会の議事録の作成を忘れたというのであるが、債権者の制裁処分を始めとする重要な議事内容にもかかわらず、議事録の作成を失念したということ自体不自然である上、前記のように第三七定期大会の資料に第二七六回執行委員会の記載がないことに照らすと議事録の作成を失念したという右陳述内容は措信し難い。)、また、(証拠略)が疎明資料として提出されたのは本件審尋の終了間際であること、もと債務者組合員であった村松和久の陳述書(<証拠略>)及び(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、当時、債務者では内紛があり、執行委員長の森井英夫が知らない間に右通告書が作成されたことが窺われることに照らすと、(証拠略)はいずれも措信し難く、他に平成九年一一月九日に開催された執行委員会において本件除名が決定されたと認めるに足りる疎明はない。
従って、本件除名は組合規約に定められた手続に基い(ママ)てなされていないから無効であり、債権者は、債務者の組合員の地位にあることを求めることができる。
二(ママ) 争点3(仮払請求)について
疎明資料によれば、債務者の行っている労働者供給事業は、職業安定法第四五条に基く(ママ)もので、自主的な活動によって民主的に組合員の就労を確保することを目的とした無料の非営利なものであること、労働契約は組合員と供給先の事業所との間に締結され、賃金は直接組合員が受けとっていること、組合員は、右賃金の中から債務者の維持運営に必要な組合加入金、組合費等を支払っていること、組合員の就労形態は日雇であり、供給先の事業所から申込みがあれば、債務者は供給先の業種及び仕事の内容、組合員の運転免許種別、性格等を考慮した上で適当と思われる組合員に連絡して仕事を斡旋することとなっており、組合員には必ずしも一定の収入が約束されているわけではないこと、債権者は他の労働組合に加入して仕事の斡旋を受けたり、自ら事業所と雇傭契約を結ぶことによって収入を得ることができないわけではなく、現に、債権者は、本件除名後にタクシー運転手として稼働し収入を得ていることが認められ、これらの事実を総合的に勘案するならば、債権者が本件除名によって賃金相当額の損害を被っているとまではいえない。よって、賃金相当額の仮払は認めることができない。
よって、事案の性質に鑑み、担保を立てさせないで主文のとおり決定する。
(裁判官 永田眞理)